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みんなの「旅行」ブログ

タイトル 日 時
大伽耶を作った偉大な王「卑弥呼」 韓国古代(2) 
大伽耶を作った偉大な王「卑弥呼」 韓国古代(2)  倭国は後漢の146年から189年にかけて国が乱れてお互いに攻め合い何年も主がいなかったとされる。出雲で国譲りが行われ出雲国の役人や軍人などが出身地の高霊に戻された。出雲の管理は天照神の子ども天穂日(あめのほひ)に任された。 ...続きを見る

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2017/07/15 17:08
市原アートミックス体験記
市原アートミックス体験記 子どもの日の5月5日養老渓谷に妻と2人で出かけました。最初は市民の森駐車場の目の前にチェーンソーの芸術作品がオンパレード。ここでは体験学習も行われている。一歩森に入るとあらゆる広場にテントが張られ家族連れでゴッタ返していた。バーベキューを楽しむ家族、川で魚を追っかける子ども、急な坂を一本のロープにつかまって探検家気取りで冒険する少年。ここでどんな遊びを工夫できるか? 私の年代では毎日家で経験していたことである。青空のもとすばらしい体験をやっているなあと満足した。車のNoを見ると東京や横浜が多か... ...続きを見る

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2017/05/06 21:19
ダックツアーと片倉館
ダックツアーと片倉館 諏訪は片倉家の「片倉製糸会社」が有名であった。明治の初期からここで多くの女工さんを雇って日本の近代化の先駆けとなった。会社の正面玄関口 玄関の右側に別の入り口があって大きな千人風呂の温泉設備が設置されている。会社が地元の人の福祉施設として昭和の初期に建設したもの。時間が無くて入浴はしなかった。この時代の建築物は風格がありどこから見てもすばらしい。水陸両用バスで巡る諏訪湖探検「ダックツアー」に参加した。約1時間で陸上はバスとして、ヨットハーバーからは船として湖に入り込んで町を見るもの。水中に入る時... ...続きを見る

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2016/10/10 22:12
市博物館で「諏訪」を良く知る
市博物館で「諏訪」を良く知る 白馬への途中諏訪湖周辺で時間を過ごす。諏訪大社上社本宮の近くに諏訪市博物館があるのでそこによって諏訪の御柱祭など諏訪の風物詩を眺めることと何度か諏訪に下りているが湖上から町を探訪してないのでそれをトライした。今年運ばれた御柱の根元のサンプル御柱祭に運ばれる柱とそれを引っ張る縄の組み合わせの模型が博物館の正面に並んでいた。冬の諏訪湖に発生する氷の御神渡りや諏訪の伝説などこの地方独特のものが多くて面白い。在野の考古学者藤森栄一氏を初め多数の市民の方々が収集された縄文時代以降の圧倒的な量の遺品には頭が... ...続きを見る

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2016/10/10 21:34
大歩危(おおぼけ)峡など四国一周の印象
大歩危(おおぼけ)峡など四国一周の印象 4回にわたって四国各地のブログを作りましたが最後に全体の印象をまとめて見ます。高知での夕食は「かつお船」の形をしたレストラン。旬のかつおを自分で「たたき」にした。金の棒に刺したかつおの切り身を藁の火焔に晒し、それを切って皿に並べてくれた。美味しいかつおをたっぷり食べ、また鯨肉のユッケもおいしかった。坂本竜馬で有名な桂浜、夕方で彼の像を写すことはできなかった。漁業が盛んで新鮮な海の幸に恵まれている一方平坦地にはビニールハウスが林立して野菜栽培も盛んなようすだった。友人のいる南国市が国府などがあった... ...続きを見る

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2016/05/21 13:31
四万十川の遊覧
四万十川の遊覧 四国を流れる四万十川については名前は知っているがどんな川かは全然知らなかった。来てガイドや船頭に話を聞いてすごく興味を持てた。 全長196kmと吉野川と並ぶ四国の大河であるが流域は50数kmと非常に限られた地域である。真っ直ぐな川でなく蛇のようにうねり、のたうちまわった姿の川であった。また通常の大河と異なり発電所を全く持たないためダムが無くて自然の姿がそのまま残っている。降った雨は山林に浸み込み濾過されてエメラルドグリーン一色になり美しい水質を見せる。 プランクトンが多く魚の種類と量が豊富で観... ...続きを見る

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2016/05/17 22:29
伊予松山城とロシアの捕虜
伊予松山城とロシアの捕虜 生憎の空模様ででしたが、この日の最初の訪問地が松山城。秀吉に見いだされて20歳の折賤ヶ岳の合戦で活躍し、七本槍の一人として有名になった加藤嘉明の創建になったもの。当初は五重の天守だったが松平氏の時三重に改築した。その後雷火で消失、安政年間再建したものが現在残っている。城は市の中心にあり城山山頂(132m)にある。上るにはゴンドラとリフトが準備されていて利用できる。長者ケ平からも階段の上りが続く。筒井門や太鼓門などで賊の侵入を警戒している。本丸の庭。かつては松山歩兵第22連隊が置かれ軍事訓練が行わ... ...続きを見る

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2016/05/16 23:40
道後温泉と坊ちゃん 
道後温泉と坊ちゃん  曇り空の中、松山の道後温泉に夕方到着した。大きなホテルに宿泊し同じ場所から引いてきた源泉があるので外に出る必要は無かったが、歴史ある道後本館のようすを知りたくて夜と早朝の二回訪問した。道後温泉本館の夜景。周りはほとんどが鉄筋コンクリートの建物だがここだけは伝統ある木造、電球の灯りに照らされた建物は風情があった。玄関を入るとこのようにロッカーがびっしり並んでいた。料金表を見ると1階の神の湯入浴のみで410円、840円出せば2階の湯が使え浴衣が付き、お茶とせんべいのサービスがある。更に上のランクもあ... ...続きを見る

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2016/05/15 23:20
四国の霊場「善通寺」
四国の霊場「善通寺」 空海の誕生した所に建てた四国八十八か所第75番札所を訪ねる。バス停留所から入っていくのが弘法大師さまの誕生した邸宅跡に立つ御影堂。生家は佐伯家で父善通と母玉寄の子どもとして生まれた。御影堂は1249年創建された。ここには大師自ら作った本尊が秘蔵されているという。透き通ったきれいな湧水が流れていた。大師が生まれた時使った産湯の井戸や御影池など往年の姿が残っている。この一角が「西院」で誕生の地をしのぶ場所になっていてお遍路さんの宿泊施設の「いろは会館」もここにある。この寺のシンボル「五重塔」。何度も... ...続きを見る

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2016/05/14 22:29
金刀比羅さんの階段
金刀比羅さんの階段 四国を一周してまた色々な知見を得てきました。これから数回その印象を書きます。我が人生で四国はほとんど縁が無くて旅行したことがありませんでした。しかし不思議なことに友人や知人はたくさんいるんですが・・一番驚いたのは、北海道から鹿児島まで日本各地からの寄贈品(灯篭など)が届いていること。歴史を感じさせるのは御神木・・千年近いクスノキなどが若葉を付けて見事だった。階段を上って785段めの所(海抜251m)にある金刀比羅宮、二重の屋根が付いていて神社であり、お寺さんでもある。明治の初め神仏分離令が出て金... ...続きを見る

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2016/05/13 22:31
浅草の隠れた魅力伝法院
浅草の隠れた魅力伝法院 伝法院通りは有名だが浅草寺に来ても伝法院を訪ねたことは無かった。仁王門を過ぎ五重塔の横を通って直ぐに入口が見える。入口横にある「大絵馬寺宝展」の会場横から五重塔を見る。大絵馬は奉納願い主の依頼を受けて一流の絵師が製作してもので大きな板面一杯に描かれている。本尊の由緒と寺の歴史を描いた「浅草寺縁起絵巻」や多数の寺宝が展示されていた。(5月9日まで) 伝法院庭園寛永年間の作庭で約1万uあり国の名所に指定されている。大書院。上野寛永寺の兼帯寺であった浅草寺に法親王来寺の際ここで休息された。藤の花が満... ...続きを見る

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2016/05/04 15:30
すっかり変わった浅草の街
すっかり変わった浅草の街 浅草は古い町の印象が強い。つくばエクスプレスが開通し駅近辺に高層ホテルも数件立ち雰囲気も変わった。泊まったビジネスホテルも最新の通信設備やLED照明、埃などが入らない様々な工夫が入っていて興味深かった。スカイツリーに来ても塔の上に行くのは困難だった、しかし今回朝早く行けば登れるかも?と期待して出発。行ってみるとガラガラ、誰もいなくて素通りできた。345mのエレベーターの中は墨田川の花火をモチーフにした写真のような切子で飾られていた。展望デッキから眺めた東京の風景。ビルばっかりで何の感慨も生まれて... ...続きを見る

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2016/05/04 14:21
山に燃えていたころの写真
山に燃えていたころの写真 アメリカに住む先輩のOさんから写真が送られてきてびっくりした。整理していたら私の写っている何枚かの写真があったという事でメールが届いた。1959年の大学2年の時の富山剣沢合宿でのスナップ。青春華やかなりしころの映像が半世紀を過ぎて戻ってきました。 この当時、今とは違いカメラを持っている人は極少数の人だけ。 私の持っている写真は入学や卒業の時の団体で写したものがあるだけ。 リーダーをやっていた3年の時に、無理をして小型のオリンパス製カメラを買った。 それ以降は山の写真も増えたが1、2年の時... ...続きを見る

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2015/02/25 14:05
暖炉のある風景
暖炉のある風景 私の生家に帰ったとき一日薪ストーブのお世話になっていますがとっても暖かく快適な時間が持てます。大きな20畳もある部屋が石油やガスの支援なしに過ごしています。生家の2階の部分から上。煙突から煙が上がっているのが特徴で周囲にたくさんの住居があっても煙突の家はほとんどない。これが薪ストーブで贅沢な栗の良く乾いた薪を燃しているので火が長持ちして供給ピッチは長い。人が不在の時は放っておくと4時間位火種を保持する。猫は椅子の上に寝っころがって一日居眠りをしている。3匹の猫は自分の場所を決めている。この家は建... ...続きを見る

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2015/02/23 21:21
白馬へスキーに行く
白馬へスキーに行く 今年のスキーはYさんの呼びかけに呼応してK−BETS3人KVSのT夫妻の5人で白馬村の色々なスキー場を転戦して滑ってきました。 2月18日(水)岩岳スキー場 東京から高速バスや電車で昼過ぎに宿にしている「はくば荘」に集合する。準備を終えて宿のマイクロバスで送ってもらう。ここはリフトの半日券があり、しかもスーパーシニア1700円と安いので愛好している場所です。ゴンドラでトップまで上り詰めると降り積もった新雪でパウダースノーの滑走を楽しむことができました。曇り空で雪がちらほらしましたが5時のシャ... ...続きを見る

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2015/02/23 18:15
池田町川会神社と安曇族
池田町川会神社と安曇族 安曇野にある最も古い神社は醍醐天皇時代の「延喜式」にその名を留める穂高神社と川会神社二社だけである。この神社には何か歴史のヒントを供えているのではないかと考えて訪問しました。高瀬橋を渡った所池田町の外れ、会染地区十日市場に鎮座している。鎮守の森に囲まれた川会神社の鳥居 高瀬川を渡って直ぐの道を左折、100mほど北上すると目の前に鳥居が見える。「延喜式内 川會神社」と刻まれている。社はありふれた村社に過ぎない。参道正面に額殿(神楽殿)があり、その後方に拝殿。拝殿の後方にブロック垣に囲まれて流造の本... ...続きを見る

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2014/10/31 17:48
出来立ての古墳・・豪華な余興
出来立ての古墳・・豪華な余興 群馬県の保渡田古墳群をみて驚いてしまった。ここに進出してきた豪族が大きな3基の古墳を作っている。その一つに八幡塚古墳がある。古墳の破損状態がひどいというので造営した当時の姿に復元したという。航空写真でみるとまるで現代の巨大建造物と変わらない姿を見せている。見学した後この地に進出してきた王が何故こんな豪華な墳墓を作る必要があったか考えた。関西では流行であった上、開拓地の開発が順調に進み食べ物や生活が豊かになった。その余力で古墳作りの専門家集団を招いて作らせた。余裕のできてきた仲間一族に手ごろな仕事... ...続きを見る

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2014/10/28 11:56
桐生の街並み繊維産業
桐生の街並み繊維産業 足利市を訪問の後桐生に向かう。古い街並みが残っているのと山仲間のO先輩が旧制桐生工専を卒業されたと聞いていたので群馬大工学部に保存されている学舎もついでに見たいと思った。昼食を取った台湾人経営の小さな店に入ると中国語を話す学生が非常に多く、茶碗に盛ったご飯を2回もお代わりして食べていたのには驚いた。直ぐ近くに足利工大がありそこの留学生であることが分かった。桐生工専はこの校舎1棟のみが残されていた。こんなレトロな建物は少なくなったのかNHK朝の連ドラ「花子とアン」の撮影はここで行われたという。2階... ...続きを見る

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2014/10/25 22:21
雲一つない白馬の山々
雲一つない白馬の山々 大学山岳部OBの白馬合宿が行われました。10月18日から20日までの3日間。台風がひっきりなしにやって来たり、御嶽山が噴火したり天候が心配だった。ところが幸運なことに快晴で北アルプスの山々が全貌を表してくれた。もう2回の冠雪があったという。三段紅葉:白-赤-下の緑が見られる。山は左から五竜岳、八方尾根、白馬鑓、杓子で白馬は右に外れてしまった。 余りにも好天だったので予定を変更してゴンドラで栂池高原に。写真は自然園の近くにあったダケカンバ。時々発生する飛行機雲がきれいだった。参加者全員の写真。白馬... ...続きを見る

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2014/10/24 22:42
ばんな寺・・・足利氏の菩提寺
ばんな寺・・・足利氏の菩提寺 足利一族がこの渡良瀬川の畔に住み着き大きく発展していった跡が残っていてとっても興味がわいてきました。系図によると源氏の頭領義家の長男が頼朝の系統を引き継ぎ、次男義国から足利家が出発していてその息子義康が足利家の開祖になっている。その子、義兼がばんな寺の開祖になっている。太鼓橋を渡ったところにある山門。ばんなの漢字はすごく難しい。義国と義康の2代がここを邸宅にしていた。鎌倉時代の初期、義兼が邸宅を撤去して大日如来を本尊とする真言宗の寺院を設立した。本堂は国宝に指定されている。鎌倉の建物としては鐘楼... ...続きを見る

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2014/10/23 10:29
足利学校・・・東国唯一の大学
足利学校・・・東国唯一の大学 足利学校は日本最古であるが、いつ創建されたのかはっきりしない。孔子の儒学を中心に天文・易学・兵学など要請された多岐にわたる分野を網羅していた。15世紀関東管領上杉憲実により中興され江戸末期まで23代の学長に引き継がれてきた。外から見た学校の雰囲気、日本建築の柔らかさが残る。学校玄関前に置かれている「ゆうざの器」 孔子の教え「中庸」を示すもの。空の時傾き、水が入ると直立し、満杯になるとひっくり返る。「満ちて覆らないものは無い・・慢心や無理を戒める」孔子の言葉を味わう道具たてである。孔子とその弟子の... ...続きを見る

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2014/10/22 15:50
佐原の観光ガイド吉田さん
佐原の観光ガイド吉田さん 千葉県内の観光先進地の佐原を訪れてどのようにやっていったら上総をもっと訪れる人が増えるかを研究しに行きました。そこで案内して頂いたのがここでボランテイアガイドをなさっている吉田さんである。この町で中心的役割を担う三菱銀行旧店。建物は東京駅にそっくり、設計者は同一人物である。横で間借の形で「佐原街並み交流館」があり様々な観光資料やビデオ放映がなされている。御年88歳だという。背筋がまっすぐ伸び、声も大きく、すっすと歩く姿は6〜70代の感じです。彼は母親が百歳で亡くなった時、職人をやめ母がお世話にな... ...続きを見る

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2014/09/11 21:53
山幸彦復活の地「和多都美神社」
山幸彦復活の地「和多都美神社」 念願の対馬和多都美神社に参拝してきました。ここの多くの写真は海から数個の鳥居を越えてのものが多いのですが陸から見ると海に沈んでいる鳥居の姿が見られます。神社の拝殿。ここのご祭神は神武の祖父山幸彦と妻豊玉姫が祭られています。 ...続きを見る

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2014/08/27 16:55
山だけの上対馬
山だけの上対馬 思いがけず対馬を南北に横断することができて島全体を体感できることになった。道路は島の中央を通る狭い国道382号線が1本通っているだけ。周囲は山また山、木が生えているだけでミツバチの巣箱が人工的である以外何もない。たまに人家があっても平地は極く限られているので狭い畑だけだった。米が全く取れないことがよく分かった。三根湾に接している休憩所とパークがあったが、店は無人だった。4〜5世紀頃と全く変わっていない感じである。当時は島を往来する道路は無く、交通は全て船で行われた。祭りに使う船の保管所があった。... ...続きを見る

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2014/08/27 09:21
対馬宗氏の万松院
対馬宗氏の万松院 壱岐の郷ノ浦港からフェリーで対馬に出発。厳原の万松院を見学した後上対馬町の宿舎に向かった。 フェリーの所要時間は2時間余。波静かな海であったが島を出ると何も見えず、鯛めしの昼食を食べながら玄界灘を過ぎる。対馬が見えてくる。壱岐と違い山また山の絶海の孤島で魏志倭人伝に書いてある通りだと思った。厳原の港周辺にのみ人家が見えた。最初の見学は対馬藩主の菩提寺万松院。1600年代の初めに建てられたもの。門の両側には愛嬌ある仁王様が並んでいた。少し入ると諌鼓(かんこ)と書いてある太鼓があった。領主に諌言し... ...続きを見る

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2014/08/26 12:45
壱岐国博物館はすばらしかった
壱岐国博物館はすばらしかった 壱岐国の古代の中心地と思われる国分寺などがあった場所にある鬼の窟古墳、元寇の戦役の跡がある芦辺港と壱岐王都があったらしい原の辻一岐国博物館などを紹介します。これは古墳が盗掘にあったとき強盗が価値の無い物と捨てて行った亀です。 馬の顔の真ん中を飾るシンボルになっていた。金官伽耶に首露王が降臨した時、倭国のシンボルは亀でした。邪馬台とは「亀」の伽耶語であるとの説もあるようで亀は王室にとって最も重要なものだった。「鬼の窟」と称する横穴式石室墳の入口。天井には4mにも及ぶ石で覆われて第1〜第3室、玄室... ...続きを見る

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2014/08/25 22:27
神様が満る壱岐国
神様が満る壱岐国 朝食までの1時間ほど国民宿舎の周辺を散歩する。まず目に飛び込んできたのはこの建物・・・足湯である。湯ノ本温泉が島で唯一の温泉で湾の入り口に数軒の宿泊施設が並んでいた。塩化ナトリウム泉なのか褐色に濁っていて口に入ると海水のように苦かった。直ぐ横に坂道があったので上っていくと観音様が並んでいた。ここに備えられている花は全て造花であった。地元の人に聞くと生花は水が腐って、蚊が発生したりするので造花にしているとのこと。小さなお堂があって壱岐西国33番霊場、温泉山医王院と表示してあった。斜面の狭いスペース... ...続きを見る

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2014/08/25 15:38
壱岐島−湯本温泉周辺 
壱岐島−湯本温泉周辺  日本の歴史の原点対馬と壱岐を訪問したいとかねて願っていましたがようやく実現しました。何回かに分けて情報を送りたいと思います。宿泊した湯本温泉の100万ドルの夕日。湾内には大小の小島が点在して素晴らしい景観です。広島の豪雨大災害、前回申し込んだときの台風襲来等荒れる風雨に包まれ晴れたらラッキーのつもりでしたが実際はこの通りでした。夕食時窓越しに見える夕日のシーンです。 博多からこのジェットフォイル船で約1時間壱岐島に付きます。博多から近い事もあってきれいな海水浴場が健在で大勢の観光客が訪れて島は... ...続きを見る

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2014/08/24 17:30
人気者の済州島
済州島は朝鮮王朝時代の流刑地として有名だったので暗いイメージが付きまとっているものと思っていた。所が韓国人には東洋のハワイと称して憧れの地になっているらしい。理由ははっきりしている。朝鮮半島はシベリヤの寒風をまともに受けて暮らしにくい生活を余儀なくされるが済州島に来れば黒潮の影響を受けて非常にしのぎやすい場所になっているからである。 ...続きを見る

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2014/08/21 08:43
鈴木さんの発祥の地
鈴木さんの発祥の地 熊野古道のテレビを見ていたらそこにある藤白神社(海南市)が全国でも最も多い姓「鈴木」さんが生まれた地であるという。熊野三山信仰は奈良時代から始まり平安・室町と段々盛んになっていった。平安時代熊野からここに移り住んだ穂積氏が藤白神社を設立し、全国、特に東国、に熊野信仰と熊野神社の建設を広めていった。藤白神社  彼の伝道方式は各地を巡り信仰が深まった地域にある大きな古木に鈴を掛けた。そして社殿の建設が終了するまでその鈴を拝んでもらった。その神木を「鈴木」と呼んだ。このようにして全国に4000社の熊... ...続きを見る

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2014/06/14 23:15
戸隠神社奥社参拝
戸隠神社奥社参拝 戸隠神社奥社に10年行ってなかったので八ヶ岳から長野経由飯綱高原を通って戸隠植物園の方角から奥社を目指して歩きました。 ...続きを見る

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2013/10/25 22:48
旧石器の宝庫野辺山
旧石器の宝庫野辺山 野辺山の地に宿泊することに決め周辺を探索しました。中で最も印象的なことは南牧村の資料館で見た旧石器などが現地住民によって発掘・収集され整備保存されていたことです。戦後入植した開拓民の苦労や今は高原野菜の生産地に変わって頑張っている姿など多くの情報があって楽しかった。 ...続きを見る

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2013/10/25 06:51
八ヶ岳山麓の紅葉
八ヶ岳山麓の紅葉 今年は猛暑が続き気温が高かったためか中々色付きません。麓のあちこちをさまよってきました。三分一湧水、まきば公園などの一帯です。 ...続きを見る

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2013/10/23 14:44
甲斐小泉と平山郁夫美術館
甲斐小泉と平山郁夫美術館 念願の甲斐小泉駅前にある「平山郁夫シルクロード美術館」を訪問して彼の世界を堪能してきました。現地に出かけた時に収集した出土品のガンダーラ仏像など数々が素晴らしかった。アフガンやパキスタンで破壊されてしまうよりよっぽど良かったと思う。 ...続きを見る

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2013/10/23 10:12
旧六合村の山と川
旧六合村の山と川 合併して中条市になっているが草津市に接する旧六合村は自然の宝庫である。その代表的な存在が野反湖。今回の旅行で得た情報をまとめてみました。 野反湖周辺の案内図。到着口が富士見峠でそこの案内板です。野反湖は周囲を山に囲まれた池だったがダムを作って発電ができるようにした。ただ水量が少ないので東電も持て余しているのではないかと思う。分水嶺が湖の南側にありここの湖は群馬県のものであるが一切使われることなく長野県栄村を経由して新潟県に流出している。湖は釣りとハイキングや登山のできる観光地になっている。 ... ...続きを見る

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2013/07/17 18:16
野反湖の夏の花々
野反湖の夏の花々 群馬県草津温泉方面のかなり入り込んだ奥地に野反湖があります。花の名所である、尾瀬沼、霧ケ峰などニッコウキスゲの名勝地がシカに花芽を食べられてしまい全滅状態の中、未だ全く被害の無いこの地に楽しみに行ってきました。まず花の様子を紹介します。 富士見峠から野反湖を見た写真。梅雨時ににもかかわらず空梅雨だったため湖水に水が少なくこれから先が心配です。青空にきれいな湖面を背景にしてノゾリキスゲの群生地が広がってみごとでした。ニッコウキスゲが一般的な呼び方ですがここではノゾリキスゲ。一本の軸に1,2ケの花... ...続きを見る

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2013/07/17 11:59
納豆の発祥の地は秋田
先日東北の旅行をしたとき素晴らしいバスガイドに巡り合ってとっても楽しい旅行ができました。その話題の一つが納豆が生まれた経緯。 ...続きを見る

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2013/07/11 22:21
怖がらなくてもよい恐山
怖がらなくてもよい恐山 6月20日念願の恐山を訪問、良く知ることができ納得しました。恐山はまず「イタコ」の話が先行して大変恐ろしい霊場の感覚を皆さんに植え付けてきたが今回体験してみて理解でき、今度の旅行の最大の収穫になった。 恐山はどこにあるか? むつ市の西方にそびえる山の上にあった。 大きな火山の山で噴火口は大きな湖、宇曾利湖になって水を貯えている。水は酸性が強くほとんどの魚が生息できない。その周囲には八の外輪山が並んでいる。釜臥山、大尽山、小尽山、剣の山、屏風山、地蔵山と鶏頭山である。これを総称する山の名前は... ...続きを見る

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2013/06/24 12:46
下北半島最北端の岬
下北半島最北端の岬 むつ市に泊まって半島最北端、西に位置するマグロで有名な大間崎と東にある野生馬の遊ぶ尻屋崎を見学しました。 大間崎 ここはマグロの一本釣りで有名な所。海岸にはこのような碑までできている。ここの沖合1〜3kmが漁場だという。大きいのは420kgもあるという。どうやって釣り上げるのか相当な技がありそうだ。正月の初セリには1匹3.5億円の値が付いたという。-70℃の急速冷却ができるようになって都市部にもおいしい物が届くようになってきている。本州最北端の地、北緯41°33'北海道に最も近... ...続きを見る

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2013/06/23 14:02
五所川原市と下北半島斗南の地
五所川原市と下北半島斗南の地 青森市の西方につがる市と五所川原市が並んでいる。岩木山以外山がないので冬、季節風がもろに砂や雪を吹き抜けて大変である。防風林を備えて対策を尽くしてきたが自然環境はその上をいっているようだ。 ...続きを見る

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2013/06/22 23:32
十三湖と龍飛崎
十三湖と龍飛崎 6月19日鯵ケ沢にあるナクアリゾートホテルを出発する。プリンス系のスキー場にあったものが衣替えしたもの。直ぐ近くに岩木山が見える、雪が見えて天気はなんとか持ちそうだった。最初は十三湖を訪れ津軽半島最北端の龍飛崎まで行く。 ...続きを見る

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2013/06/22 14:43
大潟村と白神山地十二湖
大潟村と白神山地十二湖 男鹿半島の話題の続き。半島の先端には入道崎灯台がありここがちょうど北緯40度になっていた。またかつては琵琶湖に次ぐ日本第二の湖だった八郎潟が埋め立てられて耕作地に転換されていた。白神山の十二湖めぐりで青池に立ち寄ってブナ林で森林浴。入道崎の食堂で海の幸たっぷりの昼食を食べる。その後灯台方面に歩いていくと石の列に出くわした。説明を見るとここが北緯40度に当たるようでそのモニュメントとしてここで採れる安山岩を使って並べたものであることが分かった。 大きな岩板に40°のスリットを入れてあるのでこの隙... ...続きを見る

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2013/06/21 23:01
男鹿半島となまはげ
男鹿半島となまはげ 梅雨時「みちのく」さいはての各地を巡って旅を満喫してきました。全国的には風雨で荒れたのにここは快適な天気に恵まれてラッキーでした。出発の地になった男鹿半島からレポ−トします。 ...続きを見る

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2013/06/21 20:36
厳島神社の鳥居と舞楽
厳島神社の鳥居と舞楽 晩秋の宮島を訪ね海上に浮かぶ厳島神社の鳥居のふしぎと宮島舞楽を楽しみました。12/4夕方宮島口に行き遊覧船に乗ってライトアップした厳島神社の鳥居と社殿全体を観光、参拝しました。 ...続きを見る

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2012/12/12 11:19
しまなみ海道生口島と尾道
しまなみ海道生口島と尾道 生口島では瀬戸田の向上寺・三重の塔(国宝)に登り瀬戸内海を一望する。坂の街尾道では千光寺公園までバスで行き文学の小道を歩いて千光寺に参拝した。 ...続きを見る

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2012/12/09 22:52
福山市鞆の浦
福山市鞆の浦 福山市の広島寄りにある港。瀬戸内海の中で「へそ」に当たり紀伊水道、関門海峡、豊後水道など海水の出入り口から等距離になるため潮の満ち引きが境目となる部分にある。干満の差が最も大きいので古来より潮待ちの重要拠点であり物資流通面でも鞆の浦は大きな役割を果たしてきた。 江戸時代の港は常夜灯、雁木(がんぎ)、波止場、焚場(たでば)、船番所など5点セットで成り立っていたが現在全てが揃っているのは日本の中でここだけになった。 鞆の津の力石  積荷の陸揚げ、積み込みに働いた仲仕たちが祭礼の場で力石を持ち上げ... ...続きを見る

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2012/12/08 18:37
倉敷の風景 2
倉敷の風景 2 倉の町 ...続きを見る

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2012/12/06 23:21
倉敷の秋を満喫
倉敷の秋を満喫 仕事で倉敷に何度も行っていたが美観地区をゆっくり見物することが無かった。今回歩いてみてその素晴らしさに感動した。幾つかがいいというのでは無く全体どれもが調和してどこにも無い雰囲気を出していた。関係者の努力の跡が良く見えてくる。        倉敷川に沿って                大原美術館 月曜日休日だった                 美術館の対岸にある大原邸 国の重要文化財                  美術館の一部                   倉敷川に沿って... ...続きを見る

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2012/12/06 21:51
倉敷の阿智神社参拝
倉敷の阿智神社参拝 倉敷の美観地区から一段と高い山の上、鶴形公園に阿智神社がある。「日本書紀」の記述によると応神天皇20年(291)倭漢直(やまとのあやのあたい)の祖「阿知使主(あちのおみ)」とその一族17県を率いてこの地に帰化したと記述されている。阿知使主の一族が渡来し、阿智潟に定着したのが「阿智」の地名と阿智神社の由来になっているという。主祭神は海洋族の宗像系の三女神で交通・交易の安全を司っていた。阿知使主は宗像系の有力者だったと思われる。                   随神門         拝殿のし... ...続きを見る

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2012/12/06 21:21
藤森さんの守矢資料館
藤森さんの守矢資料館 諏訪神社を72代に渡って管理してきた守矢家に伝わる貴重な資料を保管している神長官守矢資料館を訪れたとき資料館がどこにあるか分からなかった。周辺を見まわしている内にあっこれか!と分かった変な建物があった。後で聞くと建築家藤森照信さんのデビュー作だという。 案内人の話では藤森さんの生家は直ぐ目の前にある家であるという。東大建築学教授の時資料館を建ててくれるように依頼した。しかし彼は建築史が専門で設計した経験が全く無かったため仲々引き受けてくれなかった。しつこく頼んで初めて設計に応じてもらったのがこ... ...続きを見る

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2012/11/17 14:50
御宿の遭難碑から太平洋を見る
10月中旬からこのブログ編纂機能がマヒしてしまって長らく休止状態が続いていました。ようやく修理が済んだようなのでまた再開します。 ...続きを見る

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2012/11/05 23:26
旧制松本高等学校
松本駅から東に行った所に旧制松本高校の校舎が今も残っています。新制の信州大学に変わったのですが信大移転前の昭和48年までここで授業が行われていたため古い校舎がそのまま残って今や大正建築を象徴する存在になっている。他の多くの高校は取り壊されて新らしいビル形式のものに変わっている。 校舎の一部を残して大部分は松本市民の憩いの場所「あがたの森公園」になっている。校舎ができた時に植えられたヒマラヤ杉の並木が大きく成長している。校舎を訪問するにはこの公園の駐車場を使う。 校舎正面の姿。 旧制高等学校は... ...続きを見る

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2012/10/21 18:15
ヒスイの発見
日本のヒスイには面白い話が詰まっている。世界でヒスイが使われていたのは比較的新しくて日本のように7000年も前から使われたのは珍しい。縄文や弥生の古墳からは発見されるがそれ以降、奈良時代東大寺の観音像に使われた以降バッタリ社会から消えてしまった。仏教の影響があったのではないかとも言われている。 ...続きを見る

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2012/10/20 09:41
能生と弁天岩
糸魚川市の北地区にある能生は海水浴場があって有名ですがここにある道の駅「マリンドリーム能生」は規模も大きくベニズワイガニを食べる大きな食堂街で観光客を引き付けている。 ...続きを見る

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2012/10/18 23:09
親不知(おやしらず)の荒海
親不知の場所をゆっくり見るチャンスが取れたので行きました。ここは日本アルプスの高い山々が海に切れ込んで落ちる所。日本列島を東西に遮断してしまい旅人の通行を不可能にしていた。ここを通過するのには天気の良い日を選び大きな波と次に来る波のわずかな時間の中を使って砂浜を懸命に駆けた難所であった。子どもや老人の中には運悪く波にさらわれる人もいた。 糸魚川方面から見た山脈の終点。この傾斜のため山越の山道を作ることができなかった。 ...続きを見る

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2012/10/18 21:10
いすみの大漁祝着、万祝(まいわい)
江戸時代房総沿岸の漁村では地引網による大量のイワシ漁で活気がみなぎっていた。神社に参拝する時着るのが万祝でそれを作る「塩田紺屋(こうや)と藍の古裂(こぎれ)」の展示がいすみ市田園の美術館でやっていたので見学に行った。 ...続きを見る

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2012/08/02 10:55
天狗とは誰で何をしていたの?
南足柄の天狗伝説の里をめぐって道了尊が天狗だったことを知ったがもう少し調べてみた。なるほどと思われる見解が出てきたので私の意見を入れて推理してみた。 ...続きを見る

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2012/07/26 22:17
現在の金沢八景
きれいな海岸と松林、八景島や野島、そこから見える富士山・・・どう見ても素晴らしい絵になってしまう。中国杭州の西湖にちなんで金沢八景が誕生した。 早速広重はそれを錦絵に描いて宣伝したものだから江戸の町人が大挙して観光に押しかけて来た。 ...続きを見る

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2012/07/23 06:34
称名寺と金沢文庫
親戚に招待されて夏のシーズン金沢八景の近くに滞在するチャンスがあった。今回は歩いてすぐの所にある称名寺と金沢文庫を訪ねた。 ...続きを見る

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2012/07/21 13:02
足柄山の天狗たち
南足柄市にある曹洞宗の格式高い古刹、大雄山最乗寺を訪問した。30年前の天狗と山中に広がる大伽藍の印象が強く残り場所を決めた。今回のテーマは曹洞宗なのに何故天狗が大活躍をしているのか? ...続きを見る

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2012/07/21 11:20
赤城山にレンゲツツジを見に行く
スポーツクラブNASの行事で荒山高原・鍋割山にレンゲツツジを見に行こうとの募集があった。梅雨の真っ最中でどうかと迷ったがイチかバチか天に運を賭けた。朝5時に出発、赤城で高速を降り(8時)、出発口の姫百合駐車場で準備体操などをやって9時に鍋割山を目指して出発した。 ...続きを見る

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2012/06/18 12:48
雨の上高地
5月18日午後は晴れるとの予報だったが気圧の谷の通過が遅れたのか雨が降り続いてしまった。 上高地に来るとホットすることがある。それらを楽しみに3時間梓川に沿って歩いてみました。 白樺の木を見ると信州に来たなあ、高原に来たなあと感慨にふけってしまう。景色が見えないときは特に感じてしまう。岳沢の辺もぼんやりとは見ることはできた。 もう一つ楽しみははきれいな水の流れを見ること。 明神に行く右岸には小さな川が梓川本流と並行して流れている。前穂の雪渓から流れ出す雪解け水が流れて芽吹いたばかりの木や... ...続きを見る

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2012/05/23 13:14
黒4ダムのあの熱気はどこに
室堂からはトンネル、ロープウェイ、ケーブルカーを乗り継いで大町に行くわけであるがこれが大変である。 トンネル内を走行するバスは電気のトロリーバス2け7所,室堂の出発点と最後の大町トンネルにある。立山の下を抜け大観峰からは1.7km、約500mの標高差をつなぐロープウェイであるがこれはこの距離を1本の支柱も使わない直結方式である。支柱は雪崩で設置不可能だったためどう通すか散々智慧を絞った後の産物だった。これら4つを乗り継ぐのに急な大きい階段をいくつも越えるので相当体力のある人でないと困ってしまう... ...続きを見る

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2012/05/22 23:49
雪の大谷
弥陀ケ原・室堂を抜け大量の雪が残る立山を大町に抜ける。 ...続きを見る

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2012/05/22 07:58
砺波地方の屋根瓦
ホテルの草刈をしている人に屋敷の話をしていたら近くに珍しい瓦屋根の家があるから是非見るようにと勧められた。この砺波地方は風が強いため広い屋敷の北側は防風林ができているため独特な風景をていする。 ...続きを見る

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2012/05/20 20:34
砺波平野の屋敷林
砺波平野を初めて訪れました。ネットで調べるとチューリップと散居村が有名であるようだが私の持っていた印象は屋敷林そのもの。 ...続きを見る

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2012/05/20 19:53
雪のアルペンルート
昨年は東日本の大災害の影響で旅行は控えましたが今年、連休が終わったタイミングで立山・室堂にある[雪の大谷ウォーク」に行くことを決めた。 ...続きを見る

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2012/05/20 12:45
亀山の桜
亀山湖には今まで何度か来ていたがこのような桜の絶頂期に来たのは初めてな気がする。 ...続きを見る

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2012/04/13 22:05
南房総/大房岬に春を楽しむ
新聞で館山市の博物館主催の安房と鎌倉を海で結んだ信仰の道展があることを知った。春のレクを兼ねて行こうと妻と相談して実行した。館山に行く途中未だ行ったことのない大房岬を訪問しようと計画した。高速道富浦ICを下りて右に向かっていくと岬は直ぐにある。 ...続きを見る

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2012/03/21 13:52
千葉飯岡町で「あんこう鍋」を食べる
本格的なあんこう料理が食べたいとずっと思っていたが中々実現しなかった。 ...続きを見る

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2012/02/16 22:25
清澄寺の日蓮に平和を祈願
日蓮が長い間こもって修行した清澄寺に参拝に行ってきました。朝8時半に出発し、館山までつながった高速道路に初めてのトライアルを行いました。高速道を渡りながら進んだ以前に比べて便利になったのは確かで館山に行くのも簡単になった。 ...続きを見る

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2012/01/04 23:18
三峰神社と奥の院(2)
仁王門から入って青銅鳥居を過ぎて本殿が現れる。江戸下町の皆さんが寄付して作った八棟灯籠とか神楽殿、水屋などが並んでいるがその中で本殿のきらびやかさが目に付く。 本殿340年前の建立 イザナギノ尊 ご神木樹齢800年 鎌倉時代の武将畠山重忠公寄贈 ...続きを見る

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2011/11/19 17:58
三峰参拝(1)古道ルートから
2010年11月16日  西武秩父駅から御花畑駅に乗り換え三峰口駅行きに乗る。3駅までは他の乗客もいたがそれからは1人だけ、終点で降りてバスに乗るもここも1人だけであった。バス会社には申し訳ない、300円で借り切ってしまった訳ですから。大輪で下車、旅館や店もあるが8時を過ぎているのに誰にも会わなかった。大きな鳥居をくぐって先に行くと真っ赤な神橋登龍橋が現れる。道の両側には講の碑がびっしりと並んでいる。江戸から昭和の時代にかけてここを登って参拝した人たちの記念碑である。ロープウェイが止まってしま... ...続きを見る

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2011/11/19 16:12
勝浦鵜原海岸を散策
久ぶりに夏の海水浴客のを見に勝浦の海岸に行ってみました。 ...続きを見る

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2011/08/09 22:36
城ヶ島の海岸を散策
城ヶ島を40年ぶりに訪れて島一周歩いてきました。前行った時の記憶は北原白秋の「雨がふるふる城ヶ島の磯に・・・・」を思い出すくらいですっかりどんな場所かも忘れてしまった。 ...続きを見る

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2011/06/14 21:51

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