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白馬の少年

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白馬の少年
ブログ紹介
ガンちゃん  長野県白馬村生れ 千葉県市原市在住 
お金や物は何もなかったが美しい自然と家族や友人に恵まれて楽しい子供時代を送りました。
趣味はスポーツと読書。ここまで平安に生きられたことに感謝すると共に社会に何か貢献したいと努めています。4、5年前から取り組んできた古代史の研究にすっかり嵌り込んでいます。邪馬台国や卑弥呼をつかみました。2015年11月ブログで発信してきました内容をホームページ「古代史珍説」 http://www7b.biglobe.ne.jp/~ganswing/ でアップしました。ご意見を頂いてより充実させようと努力するつもりです。

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タイトル 日 時
11月の大雪
11月の大雪 昨日の大雪はすごかった。朝起きた時にはみぞれ交じりの雨だったが7時頃からは雪に変わっていた。昼から東京で会議があるので駅まで歩いて行ったが、車道を歩いている時対向車に、すごい勢いでシャーベット状の汚水を引っかけられて参った。2階の部屋から景色を写す ...続きを見る

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2016/11/25 19:22
古神道はオオヤマツミ神から始まった
古神道はオオヤマツミ神から始まった 日本の神道はアジアの宗教の中でも独特の存在で中国にも朝鮮半島にもその面影が残っていない。縄文時代からこの宗教があったかというと太陽信仰やストーンサークルのような形は認められているが山岳宗教などの痕跡は認められていない。筆者は天照大御神を追跡している中で皇后の兄がオオヤマツミで彼が日本の古神道である自然崇拝の宗教を作り出した神ではないかと信じるようになった。三輪神社  ...続きを見る

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2016/11/15 17:32
滋賀に大型建物跡 −邪馬台国と同時代か?
滋賀に大型建物跡 −邪馬台国と同時代か? 2016年10月19日 日経新聞 ...続きを見る

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2016/10/18 21:03
天照神は男だった
天照神は男だった  「三国遺事」の駕洛(から)国記を読んでいて初代首露(しゅろ)王の即位AD42年から199年まで王位にあり157年間生きたと記録されていてとても信用できる記録ではないとみていた。駕洛国自体が途中で消滅してしまったので正確なものが残るはずが無いと諦めていた。 ところが逆にこの数字に込められた何かのメツセージがあるのではないかと考え種々検討した結果首露王そのものが「天照大御神」であることがほぼ証明できた。首露王陵(天照大神の墳墓) ...続きを見る

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2016/10/16 10:42
台風一過の八方尾根
台風一過の八方尾根 白馬にある実家に宿泊していた夜中、台風が通過した。ドスンドスンとけたたましい音が聞こえてきた。風に飛ばされて落ちてきた栗の実がトタン屋根に当って出したもの。朝起きて道路上に落ちた木の枝の片づけなどが大変だったが栗を拾う大仕事もあった。その後天候が回復しそうなので八方尾根に出かけた。こんなに晴れてすばらしい風景を楽しむことができました。雨ばっかりの今年の秋、ラッキーでした。兎平のゴンドラの終点ではパラグライダーの基地があってこれから飛び立とうとしている女性と会話を楽しんだ。落下するのはジャンプ台の... ...続きを見る

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2016/10/11 10:24
ホトトギスの花が咲く
ホトトギスの花が咲く 千葉の環境展示会で杉の粉末で成形したポット買った。それで育てたホトトギスの花がやっと開花した。このポットのサイズに合う花として珍しい「ホトトギス」の苗を求めた。植え込むと同時に表面を竹炭で覆ってひたすら花が開くのを待った。家の中に持ち込んで花芽がどこから出るか、それがどのように大きくなるか毎日観察して楽しんだ。花芽が膨らむまでが長かった。このような状態になってしまうともうあっという間に咲いた。 ...続きを見る

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2016/10/11 08:04
ダックツアーと片倉館
ダックツアーと片倉館 諏訪は片倉家の「片倉製糸会社」が有名であった。明治の初期からここで多くの女工さんを雇って日本の近代化の先駆けとなった。会社の正面玄関口 玄関の右側に別の入り口があって大きな千人風呂の温泉設備が設置されている。会社が地元の人の福祉施設として昭和の初期に建設したもの。時間が無くて入浴はしなかった。この時代の建築物は風格がありどこから見てもすばらしい。水陸両用バスで巡る諏訪湖探検「ダックツアー」に参加した。約1時間で陸上はバスとして、ヨットハーバーからは船として湖に入り込んで町を見るもの。水中に入る時... ...続きを見る

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2016/10/10 22:12
市博物館で「諏訪」を良く知る
市博物館で「諏訪」を良く知る 白馬への途中諏訪湖周辺で時間を過ごす。諏訪大社上社本宮の近くに諏訪市博物館があるのでそこによって諏訪の御柱祭など諏訪の風物詩を眺めることと何度か諏訪に下りているが湖上から町を探訪してないのでそれをトライした。今年運ばれた御柱の根元のサンプル御柱祭に運ばれる柱とそれを引っ張る縄の組み合わせの模型が博物館の正面に並んでいた。冬の諏訪湖に発生する氷の御神渡りや諏訪の伝説などこの地方独特のものが多くて面白い。在野の考古学者藤森栄一氏を初め多数の市民の方々が収集された縄文時代以降の圧倒的な量の遺品には頭が... ...続きを見る

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2016/10/10 21:34
千葉エコ展示会
千葉エコ展示会 幕張メッセで開かれた展示会に竹もりの里の応援に駆け付けた。あいにく大雨だったが大勢の子どもたちが押しかけて盛況だった。NPO竹もりの里のコーナー 私共花を育てる時に鉢の表面に竹炭マルチを施すと保湿性が良くなっていつまでも枯れずに長持ちすることをトレニアの花で実験した。これ用の子袋に入った炭を販売して好評を得た。隣には花を売っているグループがいて花談議になった。竹もりの里には竹細工の籠などもたくさん並んでいて好評だった。 ...続きを見る

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2016/09/26 13:40
9月に咲いている我が家の花たち
9月に咲いている我が家の花たち 毎日雨が多くて困っています。白菜なども植え込み着々と秋バージョンに変えています。今咲いている花を紹介します。トランペットの花が賑やかにに咲いています。幹も花も大振りです。今年はコスモスが良く育ち花壇の要所を飾っています。 枝を剪定して花数を減らしたらきれいな姿になった。タネから育てた色鮮やかな千日紅(センニチコウ)。百日紅(サルスベリ)より花期が長く咲かせるという意味合いのようです。切花やドライフラワーに利用され、花言葉も「色あせぬ愛」とのこと。 ...続きを見る

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2016/09/18 23:00
竹炭シンポジウムin川崎
竹炭シンポジウムin川崎 麻生区黒川にある明大黒川農場のキャンパスにて9月14日表記シンポジウムを開催した。竹炭を現地の竹を用いて製造するところを見学してもらうこと、教室では藤原先生による「竹炭の農業利用」の基調講演の後実際にどのように使っているかを報告した。このように大勢の人が集まり盛況でした。シンポジウムに参加された方130人位。平日だったためか女性の参加が多かった。私共は夫婦で竹炭を使った成果について発表。私は炭あり、なしで生育がどうだったかを報告しました。キュウリではその差が明確に出ました。8本の苗から330本の... ...続きを見る

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2016/09/16 22:00
日本通史 「倭国から日本が誕生」するまで    
日本通史 「倭国から日本が誕生」するまで     日本は最初から倭国であって、軍事強国で朝鮮半島まで遠征して任那国を支配した。「大和朝廷が朝鮮半島を支配した」という日本建国史(日本書紀)がまかり通っている。内外の文献や各地から発掘される遺品類からは全く別の世界が現れている。それらを図表で紹介し簡単な解説を加えてみた。 1.倭国の誕生   倭人は半島にも列島にもいた 図―1 AD1〜2世紀の姿 赤字は倭国全体の宗主国 ...続きを見る

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2016/09/12 23:45
武内宿祢とヤマトタケル
武内宿祢とヤマトタケル 武内宿祢は200歳近く生きていたとか実在の人間では無かった等の意見が多く謎の人物とされている。ヤマトタケルも30歳そこそこで亡くなってしまうという悲劇の主人公である。私はこれら日本書紀が分からないように様々な手段を駆使して隠していることを次々暴いて皆様に本当の姿を伝えようと図を入れて解説しました。 ...続きを見る

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2016/09/09 21:57
どてカボチャ
どてカボチャ どてに這わしたカボチャ探し出して集めました。どれがチャンピオンかな? ...続きを見る

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2016/09/09 18:13
乙巳の変と大化の改新
乙巳の変と大化の改新 古代史の焦点の一つ入鹿が殺害された事件中大兄や藤原鎌足は全く関係していなかったことを明らかにしました。実力者兄の天武天皇がい座っていたため天智が皇太子と言われて即位するのに23年間もかかってしまいしかも早死にしてしまったので日本書紀がどのように書いても存在感の薄い天皇であった。 ...続きを見る

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2016/09/03 10:17
お盆が過ぎて
お盆が過ぎて あっという間に夏が過ぎ・・オリンピックも終わってしまいそうです。我が家の自然と親しむいくつかの話題を提供します。部屋から外を見ると朝顔が咲き出して賑やかになってきました。これからが出ばんです。赤い芙蓉が咲き出して畑全体が明るくなっています。オクラが只今最盛期で今朝も大きなやつ22ケも取れました。巨大になっても1日で大きくなったのは柔らかくておいしい。これは干からびてしまったキュウリの茎の部分竹炭入りと使わないのでは終了に圧倒的な差がでた。10数年前野菜を始めた頃はキュウリ最初はいっぱい実を付ける... ...続きを見る

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2016/08/17 21:59
天智と天武はどちらが兄か
天智と天武はどちらが兄か 天智と天武天皇の関係は兄が天智であり天武は弟であることが日本史の常識になっているが異論がたくさん発表されていて天武が4歳上の兄であり父は舒明天皇でない事が有力になっている。研究者も多いが「天武・天智異父兄弟考」を提案されている大和岩雄氏の説には賛同するところが大きい。彼の説をキーにして解説を試みる。 系図―1 欽明天皇から天智・天武までの関係者(赤字は欽明系の血筋) クリックで図が拡大 ...続きを見る

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2016/08/17 13:03
欽明朝から大化の改新に至る流れ
欽明朝から大化の改新に至る流れ 大和王朝の6世紀から7世紀にかけては激動の時代であり朝鮮半島も中国の随・唐の誕生による影響や高句麗・百済の衰退、その結果中央から遠く離れた小国新羅が半島を統一するできる事など大きな動きがあった。欽明王朝が誕生してから大化の改新が行われる7世紀中ごろに至る大きな事件を取り上げて豪族蘇我・物部氏と天皇家がどのように行動していたのかをまとめる。 欽明朝が大和王朝の黄金期をつくり上げた事と欽明一家が特別な存在であることは薄々皆さんが気づいていて文献も多数出版されている。それは倭国本宗家が大和にやってき... ...続きを見る

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2016/08/12 14:20
暑中見舞い
暑中見舞い リオ・オリンピックが本日開幕して盛り上がっています。それと時期を同じくして今日から猛暑が始まっています。 皆さまお変わりありませんか? この頃のようすをまとめて報告します。先日は大東岬の崖カフェーに息子家族と行きました。崖の上に一軒だけのコーヒー店がありここから見渡す太平洋が絶景という評判があるようです。店の建物。中は西洋風な骨董品がいっぱい並んでいた。押し寄せる大波に洗われて台地が削り取られて荒々しい風景になっている。置いてある椅子の先は大絶壁。現在は護岸工事が行われているので一の宮の海岸... ...続きを見る

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2016/08/06 21:28
トマトが熟してきた
トマトが熟してきた キウリとナスはたくさん取れているが念願のトマトが赤く熟してきた。中玉サイズでたくさんの実を付けています。 ミニサイズのトマトも下の方から赤みを増す。ネムの木二世に華が咲き出した。大きな大木が枯れてしまって淋しい思いをしていたところ20m程離れた場所に二世が誕生してあっという間に大きな木になってしまった。 ...続きを見る

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2016/07/04 11:15

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