アクセスカウンタ

白馬の少年

プロフィール

ブログ名
白馬の少年
ブログ紹介
ガンちゃん  長野県白馬村生れ 千葉県市原市在住 
お金や物は何もなかったが美しい自然と家族や友人に恵まれて楽しい子供時代を送りました。
趣味はスポーツと読書。ここまで平安に生きられたことに感謝すると共に社会に何か貢献したいと努めています。4、5年前から取り組んできた古代史の研究にすっかり嵌り込んでいます。邪馬台国や卑弥呼をつかみました。2015年11月ブログで発信してきました内容をホームページ「古代史珍説」 http://www7b.biglobe.ne.jp/~ganswing/ でアップしました。ご意見を頂いてより充実させようと努力するつもりです。

zoom RSS ブログ 新着記事

タイトル 日 時
千葉エコ展示会
千葉エコ展示会 幕張メッセで開かれた展示会に竹もりの里の応援に駆け付けた。あいにく大雨だったが大勢の子どもたちが押しかけて盛況だった。NPO竹もりの里のコーナー 私共花を育てる時に鉢の表面に竹炭マルチを施すと保湿性が良くなっていつまでも枯れずに長持ちすることをトレニアの花で実験した。これ用の子袋に入った炭を販売して好評を得た。隣には花を売っているグループがいて花談議になった。竹もりの里には竹細工の籠などもたくさん並んでいて好評だった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/09/26 13:40
9月に咲いている我が家の花たち
9月に咲いている我が家の花たち 毎日雨が多くて困っています。白菜なども植え込み着々と秋バージョンに変えています。今咲いている花を紹介します。トランペットの花が賑やかにに咲いています。幹も花も大振りです。今年はコスモスが良く育ち花壇の要所を飾っています。 枝を剪定して花数を減らしたらきれいな姿になった。タネから育てた色鮮やかな千日紅(センニチコウ)。百日紅(サルスベリ)より花期が長く咲かせるという意味合いのようです。切花やドライフラワーに利用され、花言葉も「色あせぬ愛」とのこと。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 1

2016/09/18 23:00
竹炭シンポジウムin川崎
竹炭シンポジウムin川崎 麻生区黒川にある明大黒川農場のキャンパスにて9月14日表記シンポジウムを開催した。竹炭を現地の竹を用いて製造するところを見学してもらうこと、教室では藤原先生による「竹炭の農業利用」の基調講演の後実際にどのように使っているかを報告した。このように大勢の人が集まり盛況でした。シンポジウムに参加された方130人位。平日だったためか女性の参加が多かった。私共は夫婦で竹炭を使った成果について発表。私は炭あり、なしで生育がどうだったかを報告しました。キュウリではその差が明確に出ました。8本の苗から330本の... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/09/16 22:00
日本通史 「倭国から日本が誕生」するまで    
日本通史 「倭国から日本が誕生」するまで     日本は最初から倭国であって、軍事強国で朝鮮半島まで遠征して任那国を支配した。「大和朝廷が朝鮮半島を支配した」という日本建国史(日本書紀)がまかり通っている。内外の文献や各地から発掘される遺品類からは全く別の世界が現れている。それらを図表で紹介し簡単な解説を加えてみた。 1.倭国の誕生   倭人は半島にも列島にもいた 図―1 AD1〜2世紀の姿 赤字は倭国全体の宗主国 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/09/12 23:45
武内宿祢とヤマトタケル
武内宿祢とヤマトタケル 武内宿祢は200歳近く生きていたとか実在の人間では無かった等の意見が多く謎の人物とされている。ヤマトタケルも30歳そこそこで亡くなってしまうという悲劇の主人公である。私はこれら日本書紀が分からないように様々な手段を駆使して隠していることを次々暴いて皆様に本当の姿を伝えようと図を入れて解説しました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/09/09 21:57
どてカボチャ
どてカボチャ どてに這わしたカボチャ探し出して集めました。どれがチャンピオンかな? ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/09/09 18:13
乙巳の変と大化の改新
乙巳の変と大化の改新 古代史の焦点の一つ入鹿が殺害された事件中大兄や藤原鎌足は全く関係していなかったことを明らかにしました。実力者兄の天武天皇がい座っていたため天智が皇太子と言われて即位するのに23年間もかかってしまいしかも早死にしてしまったので日本書紀がどのように書いても存在感の薄い天皇であった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/09/03 10:17
お盆が過ぎて
お盆が過ぎて あっという間に夏が過ぎ・・オリンピックも終わってしまいそうです。我が家の自然と親しむいくつかの話題を提供します。部屋から外を見ると朝顔が咲き出して賑やかになってきました。これからが出ばんです。赤い芙蓉が咲き出して畑全体が明るくなっています。オクラが只今最盛期で今朝も大きなやつ22ケも取れました。巨大になっても1日で大きくなったのは柔らかくておいしい。これは干からびてしまったキュウリの茎の部分竹炭入りと使わないのでは終了に圧倒的な差がでた。10数年前野菜を始めた頃はキュウリ最初はいっぱい実を付ける... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/08/17 21:59
天智と天武はどちらが兄か
天智と天武はどちらが兄か 天智と天武天皇の関係は兄が天智であり天武は弟であることが日本史の常識になっているが異論がたくさん発表されていて天武が4歳上の兄であり父は舒明天皇でない事が有力になっている。研究者も多いが「天武・天智異父兄弟考」を提案されている大和岩雄氏の説には賛同するところが大きい。彼の説をキーにして解説を試みる。 系図―1 欽明天皇から天智・天武までの関係者(赤字は欽明系の血筋) クリックで図が拡大 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/08/17 13:03
欽明朝から大化の改新に至る流れ
欽明朝から大化の改新に至る流れ 大和王朝の6世紀から7世紀にかけては激動の時代であり朝鮮半島も中国の随・唐の誕生による影響や高句麗・百済の衰退、その結果中央から遠く離れた小国新羅が半島を統一するできる事など大きな動きがあった。欽明王朝が誕生してから大化の改新が行われる7世紀中ごろに至る大きな事件を取り上げて豪族蘇我・物部氏と天皇家がどのように行動していたのかをまとめる。 欽明朝が大和王朝の黄金期をつくり上げた事と欽明一家が特別な存在であることは薄々皆さんが気づいていて文献も多数出版されている。それは倭国本宗家が大和にやってき... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/08/12 14:20
暑中見舞い
暑中見舞い リオ・オリンピックが本日開幕して盛り上がっています。それと時期を同じくして今日から猛暑が始まっています。 皆さまお変わりありませんか? この頃のようすをまとめて報告します。先日は大東岬の崖カフェーに息子家族と行きました。崖の上に一軒だけのコーヒー店がありここから見渡す太平洋が絶景という評判があるようです。店の建物。中は西洋風な骨董品がいっぱい並んでいた。押し寄せる大波に洗われて台地が削り取られて荒々しい風景になっている。置いてある椅子の先は大絶壁。現在は護岸工事が行われているので一の宮の海岸... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/08/06 21:28
トマトが熟してきた
トマトが熟してきた キウリとナスはたくさん取れているが念願のトマトが赤く熟してきた。中玉サイズでたくさんの実を付けています。 ミニサイズのトマトも下の方から赤みを増す。ネムの木二世に華が咲き出した。大きな大木が枯れてしまって淋しい思いをしていたところ20m程離れた場所に二世が誕生してあっという間に大きな木になってしまった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/07/04 11:15
渡来人漢人とはどんな人達か
秦氏と同時期に来日したと言われている渡来人漢人(あやびと)とはどのような人々か解析した。彼らについて古代史の書物では様々な解説が行われているが、かなり誤った情報が伝わっていることが分かった。秦氏と共にやってきた渡来人で中国、後漢王朝「霊帝」の末裔だと記紀には説明されているがどうもそのような素性の人達では無かった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/07/01 11:09
野菜の生育状況
野菜の生育状況 6月末の状況です。雨の日と湿気の多い曇り空が続いて過酷な状況が続いています。現在キウリの生育状況が極めて好調です。ウリハ虫とカタツムリが葉に付着して毎日これを手で取って退治するのに苦労しています。一つの苗から毎日かなりジャンボな大きさのもの1ケは採れるので浅漬けにして食べています。ナスも花を付けて育っています。これは竹炭あり。これは竹炭なし。竹炭あり、なしの比較では竹炭があると雨など水分の吸収が良くて成長が早いこと。竹炭の所にダンゴ虫が寄ってきて土をかき混ぜるのか微生物の働きを促進させているよう... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/06/29 14:57
父の日のプレゼント
父の日のプレゼント 私の着ている長袖のシャツとテーブルに並べた世界各国の地ビール12本のセットが今年の父の日のプレゼントです。1日1本づつ毎日違う味が楽しめそうです。シャッツも気に入っています。 キウリの花がたくさん咲いていっぱい採れています。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/06/20 10:32
梅雨の合間の一日
梅雨の合間の一日 良く晴れた今日息子の嫁さんの誕生日と父の日のお祝いを兼ねてホームパーティーを開きました。妻の料理とアップルパイケーキの御馳走でした。昨日は昭和の森をウォーキング。ハスの花が満開でした。あやめの花も今がピークか。アジサイ園も見事でした。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/06/18 22:40
ナスの初成り
ナスの初成り 昨日は雨で収穫できなかったがキウリは毎朝3本位は取れているがナスが初めて収穫できました。これが今朝の収穫物。このように形の良いものが得られた。キウリもこんな形で葉の裏に隠れて吊り下がっています。竹炭有り無しの差は今の段階では有意差は認められていません。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/06/14 10:57
筑紫君磐井の戦いは無かった
筑紫君磐井の戦いは無かった 530年頃九州筑紫の君が反乱を起こしそれを継体天皇の将軍物部アラカイを派遣して破ったとの話が日本書紀に載っているがこの戦いは無かった。磐井軍が大和の兵を見て逃亡してしまった。軍派遣の目的は大和から兵を引っ張り出して空白状態を作ることにあった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/06/13 11:12
伽耶(任那)王が欽明天皇になるまで
伽耶(任那)王が欽明天皇になるまで 朝鮮半島にあった伽耶連合国の盟主、金官伽耶国(天照の国)の最後の王が経済的な活動ですばらしい国に作り上げた継体天皇を如何にして殺害し、大和の大天皇「欽明」が出現したかその詳細を報告する。 日本書紀によると金官伽耶国(加羅国)の最後の王、金仇衡=任那王アラシトが529年(継体23年)日本に来て調査し、色々な関係者と協議して帰った。彼の名前は己能未多干岐(このまたかんき)と記されている。3年後の532年に加羅国は仇衡王(三国史記では仇亥王)を新羅に派遣して法興王に降伏している。金官伽耶国が朝鮮半島... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/06/10 13:44
日本が倭国になった時・・欽明天皇の誕生
倭国とは誰でも日本のことと考えるが古代(6世紀以前)は朝鮮半島にあった小国のこと。倭人は半島と日本に住んでいたが豊かな日本列島が作られて移住する人が増えてきて本体が日本に移動した。半島にあった宗主国「金官伽耶国」の最後の王、金仇衡が日本に渡ってきたからである。彼が欽明天皇で蘇我稲目のバックアップを得て継体王朝をクーデターで破壊して飛鳥時代につながる大和王朝を作り上げた。その時から日本が倭国本体になったのである。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/06/09 12:25

続きを見る

トップへ

月別リンク

白馬の少年/BIGLOBEウェブリブログ
[ ]
文字サイズ:       閉じる