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zoom RSS 大伽耶の故地(高霊)を訪問  韓国の古代(1)  2017年7月15日     

<<   作成日時 : 2017/07/15 16:13   >>

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韓国の金海と高霊を古代にロマンを持つ友人2人と一緒に訪問した。北朝鮮のミサイルの打ち上げや大統領選が終わったばかりの不安定な韓国の状況に反対する人たちもいたが思い切って2泊3日の旅行を行い大きい成果を得て帰りました。
高霊は大伽耶の中心だった町、大きな都市大邱の近くですが観光地としての知名度はまだなくゆったり時間を過ごせました。案内役は旅行社から派遣された女性の朴さん、日本語の通訳は問題なく今回のために相当勉強したらしく大きなノートにメモ一杯ででした。
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図―1探し求めていた高霊池山洞第44号墳 
魏志倭人伝には「卑弥呼が死んだ。冢(つか)を作りその径は百余歩、殉葬(じゅんそう)された奴婢(ぬひ)は百余人であった。」と書かれていた。寸法の百余歩は1歩が23cmであることが証明できたので円墳の径は27mになる。これは117歩になり百余歩一致する。殉葬者の百余人はどうか。この古墳については調査が完全になされており「大伽耶王陵展示館」には内部の詳細が紹介されている。
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図―2 古墳内の詳細
主石室に王が眠り外側に小さな石室が放射状に並び殉葬者が葬られていた。32ケの殉葬墓があり複数の埋葬もあるので40余人がここで一緒に眠っていた。
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図―3 王墓級が並ぶ上部の古墳配置図
下部の古墳は初期のもの。時代につれ順次稜線の高い方に移動した。上部に行くほど規模が大きくなっている。47号から51号は中国に朝貢した倭の五王達の墳墓と考えていて最大級の51号墳は倭王武の墳墓ではないかと想定している。左端の矢印が44号墳
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図―4 主山の稜線に連なる大さまの墳墓(下部から)
余りの暑さに私一人で下から最上部まで見学。歩道は良く整備されていた。こんな暑さの中発掘調査の仕事をしている大勢の人にであった。
上部左端に見えるのが44号墳墓。その上に広がる王墓が40mを越える大型墳で5世紀のものである。注目は分布図から読み取れるように直ぐ上の45号墳(壱与の墓と想定)との間に広いスペースが空いていること。大型墳はくっついて並んでいるのにここだけは空き地が広がっている。ここに50人を越える殉葬者の小型墳墓が置かれているのではないかと想定している。
大伽耶博物館の説明文
「この第44号墳は既に盗掘されていて副葬品の主要なものは無くなっているが金製首飾り、各種青銅器、沖縄からもたらされた夜光貝などまだ多数のものが見られる。古墳の立地・規模・構造・出土遺品からこの古墳は伽耶の最高支配者の王陵と推定できる。」
私はこれが卑弥呼女王の墳墓であると推定している。次は卑弥呼がすばらしい女王であった理由を説明します。


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大伽耶の故地(高霊)を訪問  韓国の古代(1)  2017年7月15日      白馬の少年/BIGLOBEウェブリブログ
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